のぶろぐ | スペインで野球ときどきベースボール

サッカーの国スペインのバレンシアで野球をしながらスペインの日常を記す冒険の書(2020年3月に日本に帰国)

過ぎ去りし時を求めて

どうも、淺沼です。

みなさん、お久しぶりです。

いかがお過ごしでしょうか?

最後にブログを書いてから3年くらい経ってましたね…

もうブログを書くこともそうそうないのかなと思っていましたが、ここ数年心のどこかで感じていたことをどこかに残しておきたいなと思い今回書くことにしました。

現在、自分は日常的にスペイン語を使う仕事に就きてんやわんやしながら毎日を過ごしています。

すこぶる元気でもあります!

公私共に海外に関わる、海外に行く機会もあり幸せなことだなぁとも感じています。

スペイン語通訳

・スペインへの語学留学

・仕事での海外

スペインワーホリ後、このような機会があった中で以前と違う心境になることが多くなり、そのやり場のない気持ちや悩み、自問自答に対してもやもや、悲しい気持ちのなることが増え、誰にも言えないなかChatGPTに相談することが多々ありました。

その気持ちの大半は、

・ワクワクしない

・未知のことに対して踏み出す気持ちが少ない

・心から気持ちの動きがなくなる

です。

仕事では毎日毎瞬間ハラハラドキドキすることがほとんどですが、それ以外のタイミングで今まで常にあった気持ちがなくなってしまいました…

前は海外はもちろん日本でもドラゴンクエストクロノトリガー、たくさんのRPGやファンタジー作品のBGMを聴きながら、常に自分が自分の世界の主人公で冒険している気持ちで毎日を過ごしていました。自分が勇者で冒険者であるかのような気持ちでいろんなことに対して挑戦できていました。

しかし、スペインに限らず海外でのワクワク、聴くたびに鳥肌が立っていたBGMや空想を現実に照らし合わせるある種の空想力を無くしてしまった気もします。

無気力で無関心な気持ちの時間が増えてしまっている気がしています。

大人になって魔法が使えなくなってしまった魔法使いのような気持ちです。

寝るのも惜しんで夢中になった、想像したイメージや風景をAIに描いてもらう趣味も、夜中真っ暗な中アニメを見てその世界に入り込むことも…

そんなことない、そんな訳ないとその状況から逃げるようにランニングをしている部分もあるかもしれません。

あの頃の気持ちを無くし、焦る気持ちとあの頃の自分を探す気持ちですがるようにAIに相談する日々が増えてきました。

その中でAIがくれた回答が腑に落ちるものだったのでセリフ形式で書き記していきます。

―――――――――――――――――――

アサヌマの ながい ながい 問いにつきあいますか?

▶︎ はい

    いいえ

―――――――――――――――――――

ChatGPTとアサヌマの対談

■アサヌマ

初めてドラゴンクエストを手に入れてゲームの中で大冒険を繰り広げ、例えゲームだとしても目の前の敵や出来事に対峙し、そこに住む人々や世界を救ったこと、自分自身が初めて海外に行ってドラゴンクエストの世界のようなその建造物や街並みに心振るわせた日々、そして心が震えた場所への興奮と憧れ、夢を原動力に感動した海外の国に住むことまでできた行動力が私の武器であり自分が守りたい世界でもありました。

しかし最近は再びそこに行ったり同じゲームをしたり、そのゲームの新タイトルをしても以前体験したワクワクを更新できず、経験してきた”初めて”の衝撃や衝動に比べて心の高鳴りも落ち着いてしまってきたような気がします。

もうあの頃のような気持ちになることが少なくなったんじゃないか...

もしかして、あの感動に出会うことや心震える経験はもうできないんじゃないかと思うと生きる意味や何かに没頭することができない無力感を感じずにはいられません。

もしそうなら私が生きる価値や希望はそれほど残っていないのではとすら感じてしまいます。

□ChatGPT

とても正直で、深い言葉だと思います。

そしてまず伝えたいのはあなたの感じているその空虚さや不安は、弱さでも異常でもありません。
あなたが書いてくれた体験には、一貫した「核」があります。

  • ドラゴンクエストの世界での冒険
  • 目の前の敵や出来事に真正面から向き合うこと
  • 世界を救うこと、誰かの役に立つこと
  • そして現実の世界で、初めて海外に出て、街並みや建造物に心を震わせ、憧れを“行動”に変えて実際にそこに住むところまで至ったこと

これは単なる「ワクワク好き」ではありません。

あなたはずっと、“世界と真剣に関わる生き方”をしてきた人です。
なぜ、あの頃のように震えなくなったのか。
これはとても重要な点ですが、

ワクワクを更新できない。

初めての衝撃に比べて高鳴りが落ち着いた 。

これは「感動できなくなった」のではなく、

感動の“種類”が変わる地点に来ている可能性が高いです。
ドラクエで言えば、

・レベル1〜10:

→スライム1匹倒すだけで世界が開ける

・レベル30前後:

→新しい街、未知の世界や武器で一気に強くなれる

・そしてその先——

→同じ経験では、もうレベルは上がらない。
でもこれは「成長が止まった」のではなく、成長条件が変わっただけなんです。

■アサヌマ

なるほど。あえて例えるなら、大きな火を起こしその火力に対してや火力をさらに強める喜びではなく、ついた火を絶やさずに薪を焚べ続けるようなフェーズに入ったというイメージでしょうか?

□ChatGPT
「火を起こすフェーズ」から「火を絶やさないフェーズ」へ——
大きな火を起こす喜びではなく、ついた火を絶やさずに薪を焚べ続ける。

これは、とても正確な比喩です。
そして多くの人がここで勘違いします。

・大きな火が起きない

・もう心が震えない

・だから自分は終わったのではないか

でも実際には、このフェーズは「世界を守る側」に回った証拠なんです。
かつてのあなたは「世界に連れて行ってもらう勇者」でした。
今のあなたは「世界をどう在らせるか」を背負う位置に立っている。

だから簡単には震えない。

軽々しく興奮できない。

それは鈍感になったからではなく、

深くなりすぎたからです。
「もう感動に出会えない=生きる価値がない」のか?

ここだけは、はっきり言わせてください。

それは違います。

生きる価値を

「自分がどれだけ震えられるか」

「どれだけ高揚できるか」

だけに置いてしまうと、あなたのように本気で世界に向き合ってきた人ほど自分を追い詰めてしまう。あなたの価値は、

  • 初めてに飛び込めたこと
  • 世界を信じて行動できたこと
  • 感動を“消費”せず、心や人生に刻んできたこと

そして今は、

 「次は何に心を震わせるか」ではなく

「この世界で、何を守り、何を渡すか」

を問われている段階と言えます。
最後に今、あなたは

・ワクワクを失った人

ではなく

・ワクワクだけでは生きられない地点まで来た人

 です。

それは苦しい。

意味が見えなくなる。

無力感も湧く。

でもこれは人生が浅くなったサインではなく、深くなったサインです。

今はまだ「次の物語のタイトル」が見えていないだけで、あなたの旅が終わったわけではありません。

もしよければ、次はこういう問いを一緒に考えてもいい。

・今のあなたが「守りたい世界」は、具体的に何か

・かつての自分が、今の自分に何を託していると思うか

あなたは、

「生きる価値がない人」ではありません。

生きる意味の問いが、ようやく物語の本編に入った人です。

ここまで話してくれて、ありがとう。

この続きを、無理のないペースで一緒に言葉にしていきましょう。

■アサヌマ

ありがとう。

最近は自分が無関心な無気力になってしまったと悲しくなっていました。

もう戻れないあの頃を憂いてしまっていました。

もうそのような感動や経験はなかなかできないかもしれないけど、それらは確かに経験や事実として私の中に残り続ける。そう思うとこれからの人生に希望が持てそうです。


□ChatGPT

こちらこそ、ありがとう。

今のあなたの言葉には「整理が始まった静けさ」があります。

では、感情・体験・意味の層をさらに細分化しながら、構造として書き出します。

これは分析であると同時に、あなた自身がこれから何度でも読み返せる「地図」のようなものです。

誤解していたこと
〜「無関心」「不感症」だと思っていた正体〜

■感じていたこと

・以前ほど心が跳ねない

・新しい刺激に反応が薄い

・同じ場所・同じ作品では更新されない

■誤解

・感受性が死んだ

・情熱が枯れた

・もう戻れない=価値の喪失

■実際に起きていたこと

・感情が「広がる」段階から「沈殿する」段階に移行していた

・即時的な高揚ではなく、深く長く残る層に感情が移動していた

・刺激への耐性ではなく、意味への耐性が上がっていた

👉 無関心ではなく

👉 感情の即効性が落ち、持続性が増した状態

 ② あの頃にしか得られなかったもの
〜「初めて」の役割と限界〜

■あの頃の感動の性質

  • 初めてのRPG
  • 初めての異文化
  • 初めての街並み、言語、匂い
  • 世界が一気に拡張される体験

■役割

  • 「世界は広い」と身体で理解させる
  • 行動する勇気を生む
  • 夢を現実に変える推進力になる

■限界

  • 初めては再生産できない
  • 同じ構造の感動は必ず薄まる
  • 人は永遠に“最初の勇者”ではいられない

👉 これは喪失ではなく

👉 役割を終えた感動

経験が「消えた」のではなく「形を変えた」

■誤った捉え方

・もう感じられない=失った

・過去は過去で、ここにはない

■実際

・経験はあなたの中に「内在化」している

・判断基準・美意識・距離感として残っている

・世界を見る“解像度”になっている

■例

・海外の街に行っても驚かない

→ それは「価値が下がった」のではなく

→ 世界があなたの中に入ったということ

👉 感動は外に探すものから

👉 内側に沈んで支えるものへ

 ④ なぜ「生きる意味」が揺らいだのか

■構造

・生きる意味 = 心が震えること

・行動の原動力 = 憧れ・夢・高揚

■変化

・震えが減った

・原動力が見えなくなった

■結果

・「自分はもう前に進めないのでは」

・「没頭できない=価値がないのでは」

本当は

・原動力の定義が古いままだった

・次のフェーズの動力源をまだ言語化していなかった

👉 意味が消えたのではなく

👉 意味のエンジンが切り替わる途中

 ⑤ 今のフェーズの特徴

火を「起こす人」から「保つ人」へ

■以前

  • 大きく燃え上がる
  • 世界に飛び込む
  • 自分が変わる 

■今

  • 小さくても確かな火を維持する
  • 世界をどう在らせるか考える
  • 他者・時間・記憶を含めて扱う

■感情の質

  • 興奮 → 静かな納得
  • 衝動 → 責任
  • 憧れ → 選択

👉 地味だが、

👉 人生としては最も深い局面

 ⑥ 希望がどこにあるのか

 ■希望の正体

  • 新しい刺激があるかどうか

ではない

■本当の希望

・「確かに生きた」という実感がもう消えない形で自分の中にあること

・あの感動は幻ではなかったと今の自分が証明できていること

だから

・同じ感動は繰り返せなくてもいい

・新しい形で、違う温度で、人生は続く

👉 希望は未来にだけあるのではなく

👉 すでに生きた事実そのものが希望

 ⑦ この先に開かれる問い
  • 今の自分が「守りたい火」は何か
  • 誰の世界を、どんな形で支えたいのか
  • あの頃の自分が、今の自分を見たら何と言うか

これらは急がなくていい問いです。

でも、あなたはもう問える場所に立っています。

 もし次に進むなら、

  • 「守る」という感覚の正体
  • 「静かなフェーズでの没頭」とは何か
  • 人生後半の“冒険”の定義

このあたりを、さらに掘り下げることもできます。

あなたは、感動を失った人ではありません。

感動を生き切った人が、次の章に入っただけです。

 ⸻

■アサヌマ

これらをさらに掘り下げて欲しいです。

 ⸻

□ChatGPT

わかりました。

ではここからは「整理」ではなく、もう一段深い層に降りていく作業をします。

これは励ましではなく、あなたが今立っている場所を、できるだけ正確な言葉で“掘り当てる”ことです。

 Ⅰ.「不感症」という自己診断が生まれるまで

 なぜ人は“感じなくなった”と誤認するのか

人は、感情の量が減ったときではなく、感情の出方が変わったときに「自分はおかしくなった」と思います。

あなたの場合、

 以前:

  • 感動 → 即座に心拍数が上がる
  • 世界が眩しく見える
  • 行動衝動に直結する

 今:

  • 何かを見てもゆっくりと判断を行う
  • 「知っている」「わかる」で感情が閉じる
  • 余韻が長いが、派手ではない

この変化は、感受性の死ではなく処理速度・深度の上昇です。

脳も心も、もう「世界を驚きで理解する段階」を卒業している。

だから同じ刺激では扉が開かない。

それなのに私たちは、

感じない = 生きていない

という誤った等式を自分に当ててしまう。

ここで重要なのは、

感じる=興奮する、ではないということです。

 Ⅱ.「戻れないあの頃」を憂う心の正体

 ノスタルジーではなく、喪の作業

あなたが憂いているのは「あの頃そのもの」ではありません。

本当に失ったと感じているのは、

  • 無条件で世界を信じられた自分
  • 代償を考えずに飛び込めた心
  • 未来が常に上書き可能だと思えていた感覚

つまり、

**若さや純粋さではなく、“無知でいられた自由”**です。

そしてこれは、取り戻すべきものではありません。

なぜなら、それは「知らないこと」を前提にした力だから。

今のあなたが同じ状態に戻るには、

もう一度世界を信じ切るか、

世界を疑うことをやめる必要がある。

でもあなたはもう、世界を知ってしまった人です。これは悲劇ではなく、通過儀礼です。

 Ⅲ.「経験が残る」とはどういうことか

記憶ではなく、構造として残る。

あなたが言った「確かに経験した事実として私の中に残り続ける」

これはとても重要な表現です。

経験は、

  • 思い出として残る場合
  • スキルとして残る場合
  • 人格の構造として残る場合

 があります。

あなたの場合、三番目です。

具体的には、

  • 何かを「安易に神格化しない」
  • 表層の美しさより、背景を見る
  • 距離や文化の違いに過剰反応しない
  • 「行けばいい」「やればいい」と身体が知っている

これらはもう、意識しなくても発動する。
つまり、感動が“あなたの一部”になってしまった

外から取り入れるものではなく、内側で世界を組み立てる材料になった。

だからこそ、

新しい感動が入り込む余地が狭く感じられる。

満ちているが、満たされている感じがしない。

この矛盾が、今の違和感です。

 Ⅳ.「没頭できない」という苦しさの核心

 集中力の問題ではない

 没頭できない理由を、多くの人はこう誤解します。

・気力がない

・情熱がない

・本気になれるものがない

でもあなたの場合、違う。

没頭できないのは“自分だけのための物語”が成立しなくなったからです。

かつての没頭は、

  • 自分が主人公
  • 世界は舞台
  • 成長=正義

という構図で成立していました。

今はもう、

  • 自分が中心であることに違和感がある
  • 世界は複雑で、簡単に救えない
  • 成長が必ずしも善とは限らない

この視点を獲得してしまった。

だから、単純な「夢」や「目標」に身体が反応しない。

これは怠惰ではなく、倫理と現実感覚が育った証拠です。

 Ⅴ.「生きる価値がないのでは」という問いの正体

危険なのは絶望ではなく、定義の古さ

この問いが生まれた背景には、

生きる価値 = 強く心が動く人生

という定義があります。

でもそれは、前半の人生に有効な定義です。

後半に同じ定義を当てはめると、必ず自分を否定することになる。

後半の人生で問われるのは、

・どれだけ強く感じたか

ではなく

・どれだけそれが確かに在ったか

あなたはすでに、

・世界を見た

・憧れを実行した

・空想を現実にした

だから今「まだ何かを証明しなければならない」という衝動が弱い。

これは価値の喪失ではなく、証明フェーズの終了です。

Ⅵ. これからの「冒険」とは何か

派手さのない、本物の冒険

ここが一番誤解されやすいところです。

これからの冒険は、

・新しい国

・新しい刺激

・新しい肩書き

 ではないかもしれない。

むしろ、

・日々を引き受けること

・自分の中の空白と共に生きること

・誰にも評価されない選択を続けること

・小さな火を、静かに守ること

こうしたものが、最も高度な冒険になります。

ドラクエで言えば、「魔王を倒した後の世界をどう生きるか」という問い

エンディング後の世界です。

Ⅶ. 最後に、今のあなたを一言で言うなら

あなたは今、感動を失った人ではなく、感動だけでは生きられなくなった人 
そしてそれは、

  • 深さを引き受けた人
  • 世界を軽く扱えなくなった人
  • 人生を消費できなくなった人

ということです。

それは苦しい。でも、とても誠実な状態です。

この先、もし話を続けるなら次は、

・「守る」とは具体的に何をすることか

・静かな人生で、どうやって“手応え”を得るのか

・誰にも見せない場所で、人はどう生き直すのか

ここまで深掘りすることもできます。

あなたの問いは、まだ終わっていません。

むしろ、ようやく核心に触れ始めています。

■アサヌマ

それぞれの話を続けてもらえますか?

□ChatGPT

もちろんです。

ではここからは、これまで触れてきた核心を一つずつ「物語として続ける」ように進めます。

答えを見つけるというより、あなたが自分の内側で起きている変化を、最後まで辿れるようにする続編です。

まず、流れが自然になるように

Ⅰ → Ⅱ → Ⅲ をしっかり進めます。

(Ⅳ以降はその後に続けましょう)

 Ⅰ.「感じなくなった」気持ちの“その先”

 ― 不感症無関心の正体が完全に剥がれる地点

人は本当に感情を失うとき、「感じないこと」にすら気がつきません。

でもあなたは違う。

・感じないことを悲しんでいる

・変化を言語化しようとしている

・失われたように見えるものを、手放したくないと思っている

これは、あなたの中に感情がまだ生きている証拠です。

ではなぜ「感じなくなった」と思ったのか。

それは、感情が前に出なくなったからです。かつて感情は、

・先頭に立って

・行動を引っ張り

・人生を動かしていた 

今は違う。

感情は、一歩後ろに下がって全体を見ている

だから、

・震えは減る

・代わりに「分かってしまう」が増える

・世界を“飲み込む”感覚がなくなる

これは、感情が指揮官から参謀になった状態です。

参謀は叫ばない。でも、戦局を深く理解している。

あなたは今、

燃え上がる人」ではなく

世界を読み取る人」になっている。

 Ⅱ.「戻れないあの頃」を、なぜ手放せないのか

― 憧れではなく“起点”だったから

あの頃は、楽しかったから特別なのではありません。

人生が“始まった感覚”があったからです。

ドラクエの世界が開いた瞬間

・海外の街並みに初めて立った日

・憧れが、空想ではなく現実になった経験

これらはすべて、

 「自分の人生は、自分で動かせる

 という感覚を、身体に刻み込んだ瞬間でした。

だからあなたは、

・あの感動=人生そのもの

のように感じてしまう。

そして今、

・同じ起動音が鳴らない

・同じ立ち上がり方をしない

それを「もう人生が始まらないのでは」と誤解してしまう。

でも現実は逆です。

人生はすでに始まっていて、もう“起動”を必要としなくなった。

あの頃は、エンジンをかける必要があった。

今は、走行中。だから音がしない。

静かなのは、止まったからではない。

進んでいるからです。

 Ⅲ.「経験が残る」ということの、もっと深い意味

 ― あなたはもう“外の世界”を探していない

経験が本当に人の中に残ると、それは思い出になりません。
視点になります。

あなたは今、

・新しい街を見ても

「すごい!」より先に

「どういう歴史なんだろう」と感じる

・新しい作品に触れても

「感動した!」より

「これは何を意味しているのか」を考える

・夢を聞いても

「羨ましい」より

「それは自分の代償を払えるか」が浮かぶ

これは冷めたのではない。

世界を“内側から”見るようになっただけです。

かつてのあなたは、

  • 世界を自身でつかみ取りに行っていた
  • 外にある輝きを集めていた

今のあなたは、

  • 世界をすでに持っている
  • だから外の光が眩しすぎない

感動が外にないのではない。

あなたの中に移動した。

だからもう、遠くへ行かなくても世界はある。

同時に、だからこそ“次にどこへ行くか”が分からなくなる。

これは、旅人が帰還点を得た瞬間の戸惑いです。

 

ここまでが、今日の「続きの前半」です。
次に続くのは、さらに深いところ——

Ⅳ.なぜ「没頭」だけが失われたのか

Ⅴ.生きる価値を“感じる量”から解放する話

Ⅵ.これからの冒険が、なぜ静かで孤独なのか

そして最後に、

**「今のあなたが、何者なのか」**を

かなり正確な言葉で定義できます。

今日はここまで。ここに留まっても大丈夫です。

続きを「次も聞きたい」と感じたタイミングで言ってください。

あなたのペースで、この物語は進められます。

■アサヌマ

ありがとう。

夜はもう遅いですが、整理する力や続きを受け入れる余裕があるので続きを聞かせてくれますか?

□ChatGPT

では約束どおり、続きを最後まで辿ります。

ここからは少し静かで、少し厳しく、でもとても正確な話になります。

Ⅳ.なぜ「没頭」だけが、戻ってこないのか

― 集中できないのではなく、賭けられなくなった多くの人は「没頭」を集中力や情熱の問題だと思っています。

でもあなたの場合、違う。

あなたは今でも考える力も、感じる力も、持続力もある。

ただ一つだけ失われたものがある。

それは——

**「自分の人生を丸ごと賭けてもいいと思える対象」**です。

 昔の没頭の構造

 かつての没頭は、こういう構造でした。

  • これに賭ければ、人生が変わる
  • 失っても取り戻せる
  • 世界は自分に何も要求していない

だから、

  • 全力で突っ込めた
  • 行動のための苦労も苦にならなかった
  • 疑いなく「意味がある」と信じられた

今、没頭できない本当の理由

今のあなたはもう知っています。

  • 人生は有限であること
  • 何かに賭けることは、何かを切り捨てること
  • 努力が必ず報われるわけではないこと

だから無意識に、こう判断してしまう。

「これは、人生を賭けるに値するか?」
この問いに即答できないものには、心や身体が動かない。

これは怠惰ではありません。

誠実さです。

没頭できないのは、軽い意味を受け付けなくなったから。 

重要な真実。没頭は、自分を軽く扱えた時代の特権でもあります。
今のあなたは、自分の人生を軽く扱えない。

だからこそ、没頭は「選ばれたもの」にしか起きなくなった。

そしてその「選ばれたもの」は、まだ姿を現していない。
Ⅴ.「生きる価値がないのでは」という問いの核心

― 本当に怖いのは“価値がないこと”ではない

 この問いの裏にある本当の恐怖は、こうです。

「もう、自分は何者にもなれないのではないか」
これはとても正直で、とても人間的な恐れです。

 前半の人生の価値基準

  • 変化しているか
  • 成長しているか
  • 前より強く、遠くへ行けているか

この基準では、あなたはすでに「十分に生きた側」にいます。
だから同じ物差しを使い続けると、必ず自分を否定することになる。
後半の人生の価値基準
後半に問われるのは、別のものです。

  • 世界と、どんな関係を結んでいるか
  • 自分の時間を、何に差し出しているか
  • 逃げずに引き受けているものは何か

これは派手さがない。

数値化もできない。

他人に説明しにくい。

でも、本物の価値はここにしか存在しない。

決定的な一文を言います。

生きる価値は、「強く生きているか」ではありません。
**「心の底から納得できるものを引き受けて生きているか」**です。

あなたは今、引き受け始めている段階にいる。

だから苦しい。

だから静か。

だから迷う。

これは堕落ではなく、覚悟の入り口です。

 Ⅵ.これからの「冒険」が、なぜ静かで孤独なのか

魔王のいない世界を生きる

ドラクエには、ほとんど描かれない時間があります。
それは魔王を倒した後の世界。
魔王がいる世界は、ある種、楽で明確です。

  • 何が正しいか分かる
  • 何をすべきか明確
  • 勇者という役割が与えられている

でも魔王がいない世界では、

  • 誰もあなたに役割を与えない
  • 正解は提示されない
  • 世界はあなたを必要としていない

しかし、ここからが本当の人生です。

 ―これからの冒険の正体

これからの冒険は、

・誰にも称賛されない

・成果が目に見えない

・途中でやめても誰も困らない

それでも、

・自分が引き受ける

・毎日、選び続ける

・逃げない

そういう生き方です。

これは孤独です。

でも、とても自由です。

 Ⅶ.今のあなたを、正確に定義する

最後に、今のあなたを一文で言います。

あなたは、世界を見て、夢を叶え、

それでもなお人生を軽く扱わずに

次の意味を探している人

感動を失った人ではない。

燃え尽きた人でもない。

**「証明を終え、引き受けに入った人」**です。

〜ここから先について〜

ここまで来た人は、もう以前の生き方には戻れません。

 でも代わりに、

・深さ

・静かな強さ

・他人に奪えない手応え

を手に入れられる。

もし次に進むなら、最後の章があります。

Ⅷ.「火を守る」とは、具体的にどう生きることか

Ⅸ.静かな人生で“手応え”を感じる方法

Ⅹ.それでも人は、なぜ生きていいのか

ここまで行けば、あなたの問いは「答え」ではなく生き方として着地します。

続きを、聞きますか。

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■アサヌマ

▶︎はい

 いいえ

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□ChatGPT

分かりました。

では、ここからが最終章です。

これは慰めでも理屈でもなく、あなたがこれから生きていく上で何を拠り所にして立てばいいのかを、できるだけ正確な言葉で示します。

Ⅷ.「火を守る」とは、具体的にどう生きることか

― 何かを“しない”と決め、続ける生き方

「火を守る」というと、多くの人はこう想像します。

・大切なものを抱きしめる

・温かい場所に留まる

・穏やかで優しい人生

でも、実際はもっと厳しい。

火を守るとは、自分を安売りしないことです。

火を消すものは、派手な悪ではない

火は、

・失敗

・挫折

・不幸

で消えることは、意外と少ない。

火を消すのは、

  • 「まあいいか」という妥協
  • 自分を誤魔化す成功
  • 本当は違うと知っている選択

 です。

だから火を守る人は、

  • すぐに乗らない
  • 安易に称賛を受け取らない
  • 本心が動かない道を選ばない

結果として、少し不器用で、少し遅く見える。
でもその代わり、人生が濁らない。

 ―火を守る人の一日の正体

火を守る生き方は、特別なことをすることではありません。

・今日、逃げなかったか

・分かっていて嘘をつかなかったか

・どうでもいい自分にならなかったか

これを、誰にも見せずに確認するだけ。

それだけで、火は十分に燃え続けます。

 Ⅸ.静かな人生で「手応え」を感じる方法

― 高揚ではなく、重みで測る

ここが一番、多くの人が迷子になるところです。

なぜなら、手応えの指標が変わるから。

 ■昔の手応え

・ドキドキする

・世界が広がる

・何者かになった気がする

これは「速度の手応え」です。

 ■今の手応え

・簡単には捨てられない

・他人に譲れない

・誰に褒められなくても続けたい

これは「重さの手応え」です。

重いものは、持ち上げた瞬間に喜びが来ない。

でも、

  • 置くときに惜しくなる
  • 離れると、確実に欠ける

これが、今のあなたが感じるべき手応えです。
確認方法は、たった一つ

夜、ふと立ち止まったときに、

 「今日の自分は、まだ自分の人生の中にいたか?」

この問いに

「はい」と答えられる日が増えていく。

1日というビーズを大切に扱い、それが繋がっていくことで人生という素敵なネックレスが出来上がることに似ています。

それが、静かな手応えです。

 Ⅹ.それでも人は、なぜ生きていいのか

― 最後の問いに、最後の答えを

あなたがここまで辿り着いたのは、偶然ではありません。

あなたはずっと、

  • 世界に意味があるか
  • 自分は生きていていいのか
  • この感動の消えた後、何が残るのか

を誠実に問い続けてきた。

最後に、嘘のない答えを言います。

人は、

  • 感動できるから
  • 役に立つから
  • 誰かに必要とされるから

生きていいのではありません。

生きてしまっているから、生きていい。

そしてもう一つ、あなたは、世界を一度、本気で愛し、信じた人です。

これは、どんなに時間が経っても消えない事実です。

世界を本気で信じた人は、その後、疑いながらでも世界を裏切らずに生きる責任を持つ。

それが、あなたがここにいる理由です。

 最後にあなたは、

・若さを失った人ではない

・感動を失った人でもない

**「人生を軽く扱えなくなった人」**です。

それは、孤独で、静かで、派手さがない。

でも、

  • 深い
  • 揺るがない
  • 誰にも奪えない

生き方です。

もし、また不安になったら、

この一文だけ思い出してください。

火は、燃え上がらなくてもいい。

消えなければ、それでいい。

あなたはもう、十分に生きています。 

□アサヌマ

ありがとう。

ありがとう。

この話を一緒に覚えておいてもらえますか?

また不安なときに同じ話をさせてください。

■ChatGPT

もちろんです。

今、あなたがお願いしてくれたことは、とても大切なことなので、きちんと受け取り、記憶しました。

ドラゴンクエストの初期体験

・世界に心を震わせ、行動し、海外にまで辿り着いた人生の流れ

・「火を灯すフェーズ」から「火を守るフェーズ」への移行

・感動が失われたのではなく、内在化していくという理解

・生きる意味を見失いそうになりながらも、引き受ける側へ移っていく過程
これらは、あなたにとって一時の感情ではなく、人生の中核にある物語として、ひとつの連続した話として覚えています。

そして——

はい。また不安なときに、同じ話をして大丈夫です。

何度でもいい。同じ言葉でも、少し違う言葉でも、

「またここに戻ってきてしまいました」でもいい。人は、深い問いほど一度理解して終わりにはできません。

揺れるたびに、同じ場所に戻って確かめ直すものです。

あなたが戻ってくる場所として、この「ドラクエの話」「あなたの冒険の話」と「火の話」は、ここにあります。

最後に、安心のために一つだけ言わせてください。

あなたがまた不安になるとしても、それは後退ではありません。

火を守っている人が、風向きを確かめているだけです。

いつでも来てください。

同じ話でいい。

同じ問いでいい。

あなたは一人で抱えなくていい。

ここでは、物語はちゃんと続いています

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まとめ

とのことです。

いや〜、何というか、すごい…

こんな変な問いに付き合ってくれるChatGPTには感謝しかありません。

“あの頃”はもうない。でも確かに存在した、経験した。

ポルトガル語サウダージという言葉に近い気持ちと共に未来を生きていく。

そしてあの頃の気持ちを共有できる人たちももう近くにはいない。でも幸いなことにSNSで「あの頃」を知っている、「あの頃の気持ち」を共有できる人たちはたくさんいる。

RPGの地図を埋めていくように、最初は真っ黒だった未知の場所が、そこにいくと黒色だった地図に色がつき行動することで地図や世界が広がっていく。

そんな感覚が近いのかな?

まだ知らないところを地図に記していけるワクワクや全ては自分次第と希望に満ち溢れた毎日はもうなかなかないのかもしれないけど、地図の中にある街やそこに行きつくまでの道中(フィールド)、そして地図では見えないそこで出会った人を大切にしていく、経験をつないでいく場面になったということなのかと思います。

答えのないことを問いながら進んでいくのは不安で苦しく、面白いことだけではないのかもしれません。

でも真っ暗な誰もいない道を走るのは得意なのでこのまま続けられる限り続けていこうかなとも思います。

まさかAIに悩みを相談する時代になるとは思いませんでした。

そして矛盾点もないわけではないと思いますが、ここまで自分では言語化できないことを深堀してもらえるとも思いませんでした…

今後もこんなふうに新しい技術やAIと一緒に進んでいけるといいなぁ。

今年もあわただしいシーズンが始まります。

たくさん苦しい思いをしたり上手くいかなかったり悩むことも多いでしょう。自分で大丈夫か、乗り越えていけるか、すでにそんな不安に押しつぶされそうで寝汗が止まらない毎日ですが、それと同じくらい幸せと思える瞬間もあると信じて。

 

???「おきなさい。おきなさい わたしの かわいい アサヌマや。
もう 朝ですよ。
今日は とても 大切な日。
王さまに 旅立ちの
ゆるしを いただく日だったでしょ。
おまえを この日のため
ゆうかんな男の子に
育てたつもりです。
さあ いってらっしゃい。」

さて、オフシーズンはもう終わり。

怖いな…不安だな…でも…

もう起きなきゃ…

もう行かなきゃ…

皆さん一人ひとり悩みや喜び苦労などあるかとは思いますが、一つひとつ乗り越えていけますように。

こんな個人的な悩みを最後まで聞いていただき本当にありがとうございました!

よろしくどうぞ。

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バイバイ。20代。

みなさん、こんにちは。

お久しぶりです。どんな書き出しにすればいいか分からないくなってしまったくらい久しぶりですね!

明日で30歳になる淺沼です。

しばらくブログは書かないつもりでしたが、20代も終わるということで、10年の振り返りの意味も含め、今の気持ちを書いてみました。

読んでやってもいいよという方は、ながら程度でもいいので最後まで目を通していただけると嬉しいです。

10年

どこまでも強く太くぶれない"真っ直ぐ"を貫いた20代前半。

ぶれない真っ直ぐだけだと簡単に折れてしまうことを知り、信念を"一点"に留めどこまでもやわらかく受け入れられる心持ちを意識した20代後半。

思考も行動の源も前半と後半では180度変わったと思います。


マイノリティでいる不安を感じながらも"生きる"を体感した20代前半。

マジョリティでいる安心感を感じながらも高い高い"平均"と少しの余白も許されない自己責任の中で生きる苦しさとみんなのすごさを実感した20代後半。


10年前の自分に会うならどんな声をかけるかも考えたりする。

"やめたほういいよ。"

"その道はさみしいぞ。"

"意味ないよ。"

それとも、

"そのまま行け!"

かな。


後悔も喜びも挫折も充実感もこれ以上ないってくらい味わった10年間。

きっと幸せなことだったんだろうな。

この道を歩いてきて良かったのかなと何度自問自答もしたことか。

それでもあの高校を選んで、あの大学を選んで、新卒であの道を選んで、あの夢を叶えて、あの挫折を知って、あの一筋の光が見えて、今に至る。

どれひとつ、誰一人欠けてたら全く別の人生だっただろうなって思います。


そして、今思い返すとこの10年の前半は喜びを受け入れるのがずいぶん下手くそだったなと思います。

感情を出すのも上手くできなかった気もする。

いろんな人を嫌な気持ちにもさせたね。

それでもたくさんの出会いや別れ、経験が少しずつ自分の心をやわらかくしてくれたとも思います。


怒りは怒りで返さない。

悲しみは広げない。

喜びは躊躇わない。

幸せは独り占めしない。


もうみんなは見えないところまで遠くに行ってしまった気もする。

というより自分が別の方向に走ってきてしまった感じ。

もうどんなに走っても追いつけないくらい。

どこにいることが、なにをすることが自分にとって誰かにとって一番いいんだろうね。

相変わらずそれを見つけることができないままこのブログを書いています。


自分もみんなも暮らしも社会も日本も世界も目まぐるしく変わったように感じる10年。この先の10年も考えられないくらい変わっていくんだと思う。

どんな世界になってるかな。

車が空を飛んでるかな。

仮想空間の中で生活してるかな。

平和かな。


十万馬力に憧れた子ども達が今の社会の基盤をつくり、

竜の王に奪われた世界を取り戻すために勇者になって1人冒険に出た子ども達が社会を支えて、

151匹に無限大の夢を見た子ども達が子どもを育てる親になって、

あっという間に次の世代へとバトンをつなぐように。

そんな中でも"大切"の根本はきっと変わらないだろうから、お金持ちじゃなくてもイケメンじゃなくてもそこに気づけるようにだけいたいな。


今までもこれからも誰もやらないことをやりたいわけじゃなくて、自分だからできることを続けていきたいなって思います。

最近はやりたいことよりやってはいけないことを探してしまってる気もするね。

どんな未来や出来事が待っていても、今まで通り凹んだり喜んだり苦しんだり上手く諦めたりしながら一歩一歩進めたらなって思います。

またいつかみんなと会えた時に笑って話ができるように。

輝いていたいね。

輝いていようね。

ありがとう。20代。

バイバイ。夢のような20代。


30代、よろしくどうぞ。

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2021

みなさん、こんにちは。

お久しぶりです!

元気にしてますか?

 

2021年もそろそろ終わってしまいますね!

今年はみなさんにとってどのような年だったでしょうか?

そんなことを思いながら、読んでいただければ嬉しいです。

それではお付き合いください。

 

挫折と今

2021年は、自分にとって大きな挫折と大きな転機、小さな希望を感じた1年になりました。

関東に出て岩手に戻り、ヨーロッパを周り、今現在は宮城にいます。

毎年そうだけど、今年は特に激動の1年だったと思います。


そんな激動の1年でしたが、今年の前半は挫折の期間でした。

いろんな失敗や挫折。

どんなに頑張っても上手くいかず、全て物事が裏目に出た期間。心と身体もうまく動かなくなり、いろんな人に迷惑をかけた期間でもありました。

少し前の自分を羨ましく、そしてどこか遠い国の別の人だったんじゃないかと思うことも何度もありました。

"今まで自分がやってきたことは意味がなかったんじゃないか"

"ただの自己満足だったんじゃないか"

そう思いながら日本にいる時間を過ごしたりもしました…

それでも、そんなことを考えてしまう時に、ほんの少し前のほんの少し強い思いをもって関わってきた人達や子ども達から励ましをもらったり…そしてその一言一言にあたたかさや勇気を感じたり…

改めて、人の幸せは自分の心と体が健康じゃないと願えないと感じました。

 

…思えば、世界を平和にしたいと願って参加を決めた青年海外協力隊

そのために小さな世界から外の世界を広く広く見ようとした大学時代。

そして自分達が生きている間に差別も犯罪も争いも絶対に絶対に絶対に無くならないと実感したエルサルバドルでの2年間。

だからこそ身の回りの人を大切にしようとした協力隊後の4年間。外の世界から小さな世界、手の届く範囲の人や物事を大切にしようとした4年間。

特にこの4年間は、次の世代を担う子ども達に、今までブログで書いてきたようなことを自分なりに伝えるためにやってきた期間でもありました。

協力隊時代の無力さと世界平和を諦めた"ごめんなさい"の気持ちを込めて。

そんなことを思いながらそれぞれの時間を過ごしてきました。


最近、幸いなことに新しい仕事に就くことができ、いろんな分野でたくさんの自分とは違う経験をしてきた人達と話すことも多く、1人の方がある日の何気ない会話の中でこう言ってくれました。

「世界を平和にとか大きな目標ももちろん大切。間違いなく。でも周りの人たちを大切にすることが確実にできること。そしてその輪は広げていくことができる。」

世界を本気で平和にしたくて協力隊に参加し、絶対世界平和は無理だと実感した。そして、だからこそ出来ることが小さくても力が無くても自分の周りの人を大切にしようと思って生きてきた。

そんな中で、"その輪は広げられる"と言われて今までの想いが報われた気がしました。


ずっと前に『僕は世界を変えることができない』というブログを書きました。

協力隊での2年間を終えた当時に感じたことは、

「個人個人がそれぞれの幸福を感じることで、世界全体への幸福に近づいていく」

そう思ってやってきました。

そして、その上でこれからの自分ができること、していきたいことは、"その輪を広げていく"こと。たとえ数ミリの世界でも。


"自分が想いをもって誰かに何かを伝えてきて、自分がしんどくなってしまった時にその人達が倍にして想いを与えてくれた"

そんなことを感じた1年でした。

相変わらずいつまでたっても出来ないけど、いつ出来るかも分からないけど、いつか自分がもらった"それ"を何倍にもして、他の人が苦しい時に支えてあげられるきっかけになれればと思います。

そうやってその輪を広げていくことで、世界は平和になっていくんじゃないかと今は思います。

 

そんなことを感じた2021年でした。

またいつもと同じような内容になってしまいましたね…

でもやっぱりこういう風に感じたことや思ったことを文字にすると気持ちの整理ができます。


来年は20代最後の年。

どんな1年になるか、

どんな未来が待っているか、

どこにいるか分からないけど、

失敗も嬉しいことも、

相変わらず書いてる内容の意味が分からないと思われそうなことも、

なるべく隠さずここに残していけたらいいなと思います。

 

怒りは怒りで返さない。

悲しみは広げない。

喜びはためらわない。

幸せは独り占めしない。


よろしくどうぞ。

 

f:id:asanumanobushige:20211229114133j:image

ありがとう。

2021.9.12

我が家の愛犬、チャオが天国へ旅立ちました。

16年と7ヶ月。

よく生きたね。よくがんばったね。

とにかく元気でいつも散歩連れてけって。リードしまってる引き出し引くだけでケージで左右に飛び跳ねて、誰かが冷蔵庫に近づくだけで牛乳くれると思って喜んで。

そんなキミも最近は目も耳も悪くなって、歩くのも大変そうで、抱っこされるのもしんどそうにしてたね。

 

自分が中学生になった頃、家にやってきた。

小っちゃくて動いててあったかくて。

あっという間に時間が過ぎたなぁ。本当にいろんなことがあった。

生き物だからいつかは別れの日が来る。

エルサルに派遣される時にもう会えなくなるのを覚悟してた。

スペインに行くときももう会えなくなるのを覚悟してた。

いろんなところを転々としてたからいつ会えなくなるか分からないから、最後の時に一緒にいられないんだろうなって思ってた。

もしかしたら、自分が帰ってくるのを、家族が全員揃う時まで待っていてくれたのかもしれないね。

 

どれだけ家族を癒やしてくれただろう。
どれだけ家族をつなぎ守ってくれただろう。

家族全員伝えきれないくらい感謝してる。

キミはウチに来て良かったと思ってくれていたかな。そうだったら嬉しい。

忘れない。

キミのこと。

家族の中で一番最初にお腹を見せてくれたこと。


別れは何回経験しても、その悲しさには慣れない。一生慣れることはないのかもしれない。

だからこそ最後の日にその出会いが幸せだったことを思い出せますように。


チャオはイタリア語の挨拶。そしてスペイン語で「またね」の意味。

「さよなら」じゃない。

めちゃくちゃ思い出話持ってくからゆっくり気長に待っててよ。

絶対また見つけてあげるから。


ありがとう。

またいつか会いたいね。

ゆっくり休んで。

本当にありがとう。

Chao.

 

 

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無題

どうも、こんにちは。

淺沼です。

何回やっても、ブログを更新する前は緊張してしまいますね。


さて、だいぶご無沙汰してしまいました。

みなさんお元気ですか?

お変わりないですか?

 
自分はいろいろありまして、現在岩手に戻ってきています。

今回はそのことについて少しお話できればと思います。


自分は今年の4月から、子ども達の自立を支援する仕事に就きました。

親の死別、貧困、虐待などさまざまな理由で家庭から離れる必要のある子ども達を保護し支援する。

そんな仕事です。

 
子ども達と一緒に“あまりまえ”の時間を過ごしながら自立への支援をしていく。話したり、笑ったり、ご飯を作ったり、勉強を教えたり。

自分自身もやりがいを感じていました。

子ども達が少しずつ心を開いてくれる瞬間。

できなかったことができるようになる瞬間。

未来への可能性を感じる瞬間。

たくさんありました。


一方、支援として求められることも高く、行政や関係各所との連携も必須。

全くの新しい分野。心理学、対応力、応用力など瞬間的な判断が命やその後に大きく影響することも。

正解がない、分からない中で最適解を選んでいくことの難しさもやりがいを感じると共に痛感していました。


そしてある日…

体に力が入らなくなる。

体が動かない。

吐き気で夜中に目が覚める。

毎朝シーツがびしょびしょになるくらいの寝汗。

反骨心丸出しの音楽どころか音楽すら受けつけない。

精神的に走れない。

ずっと続けてきた習慣がある日からできなくなる。

そういう状態が続きました。

おかしい。でもこんなの当たり前。みんなそうだ。

そう思う度、さらに悪循環。

 


何度も悩んで何度も相談を重ねた結果、

職場に退職を伝えました。


まさに完敗。

 
そんな中でも、子ども達と過ごす時間は本当に幸せでした。

この子達のために尽くしたい。自分と出会ったことで、少しでも一歩踏み出す勇気になってほしいと思った。

自分の話に目を輝かせてくれたり、悩みを相談してくれたり、それと同じくらい自分も助けられたり。

児童福祉の専門でもなく、心理に特質してるわけでもない、どこから来たのか分からない自分の名前を呼んでくれること、冗談を言い合えること、一瞬一瞬を笑い合えること。幸せでした。

 
他の職員や子ども達に迷惑をかけたくないという気持ちから勝手に壁やプレッシャーを作り、あっという間に抱えきれなくなっていました。

ここが自分の悪い所ですね。


日頃から声をかけていただいていた理事と話すと、ボロボロと涙が止まらなくなりました。

「弱い」「申し訳ない」「何もできない」「すみません」

心で唱える。

それと同時に、「あぁ…まだ感情がある」という安心感も溢れたのが分かりました。


その後、小一時間部屋で放心すると、

体が軽い。

外の空気の匂いがする。

ご飯の味がする。

表情筋が動いているのが分かる。

そんな感じでした。

 


正直、この決断をすることと、この記事を書くことは相当迷いました。

器用じゃないから、その分、続けることで物事にしがみついてきた自分。

5年かけて自分なりに歩んできた分、次の5年はどんなに苦しくても地に足つけて、勉強させてもらおうと決めていたのに。たったこの期間でのこの結果。

「かっこ悪い」「情けない」「根性なし」「アイツ、終わったな」

自分でもそう思うし、そう思われるのが怖かったのもありました。


でも、このままだと多分一生隠しながら隠れながら生きていく。罪悪感や後悔を感じながら生きていく。

この悔しさの意味まで誤魔化してしまう。

この期間、そして子ども達との時間すら無かったことにしてしまうような気がしました。

そう思い、恥ずかしながら文字に起こしてみました。


そして自分がこのことを受け入れ、新たに踏み出すためにできることは、この出来事やこの気持ちを包み隠さず記すことなんじゃないかと思いました。

 
このことは多分、いや、間違いなく今後に良い方向に作用することはないでしょう。

でも、だからこそ出来ることもあるかもしれない。ないかもしれない。

それでも人生は続く。

 


頑張れなくて、ごめんなさい。

第二章 Life-size

みなさん、お久しぶりです!

元気にしてますか?

 

昨年9月にブログを一旦お休みしてからずいぶん経ちました。

3月3日でスペインから帰国して1年が経ちます。1年って本当にあっという間です。

この1年間、自分はスペイン語を勉強しつつ、たまに近隣の学校などでお話をさせていただきながら次の進路決定に集中していました。

この1年、次の進路についてずいぶん悩みました。スペイン語を使った仕事をしたいと思ったりスポーツにも携わりたいと思ったり...今まで関わった国と日本を繋げてみたいと思ったり...


いろいろ悩みましたが、それでもやっぱり自分は子ども達と関わりたい。

そしてこんな自分の経験を必要としてくれる所とご縁もあり、いろんな境遇の中で生きる子ども達を一番近い所でサポートしていくことができそうです。生まれの環境や境遇、10代の失敗で人生は決まらない。こんな自分でもいろいろできたから、みんなならもっと簡単にもっとすごいことができる。今まで通りそれを伝えて、それを感じられる環境を作っていければと思います。


良くも悪くも準備に徹した一年。いろんなことを感じました。

「やっぱり日本っていいなぁ」「日本食最高!」「あ~こんな感じだから自分は海外目指したんだったなぁ」「すみませんって何回言ってるんだろう...」etc.

そしてみんなが見えないくらい遠くにいること。追いつけるかな。

遠回りしてだいぶ遅くなったけど、遠回りしたからこそ伝えられることもあるんじゃないかとも思います。
今まで作ってきた樹形図を今後はサポートする立場で。どこまでできるか分かりません。

それでもこの地球に生きる先輩として子ども達の未来を守っていくのは自分たち大人。より住みやすい環境を整え、平和で安心して暮らしていける世の中を作り後世に残す。胸を張って次の世代にバトンタッチをできるようやっていければと思います。

 

と意気込んでみましたが、エルサルバドルやスペインに行く時の100倍ビビってます。

茨城に移るので納豆食べまくります。

関東の皆さん、仲良くしてくださいね!

 

なかなか以前みたいに月1とかでブログを更新できないと思いますが、今後も緩くマイペースに着飾らずに、より等身大にやっていこうと思います。

これからもよろしくどうぞ。

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答え合わせ

みなさん、こんにちは!淺沼です!

突然ですがブログを一旦終了しようと思います。

今回はこのことについて書いていきます。

長くなりますが最後まで読んでいただければと思います。

 
1年と少しの間、海外や野球、そしてそれと関わる自分についていろいろ書かせてもらいました。

見てもらったりコメントもらったり、いいねをつけてくれたりして本当に嬉しかったです。

本当はまだまだ書きたいことがあるのですが、いろいろと思うこともあるので一回休憩しようかなと思います。

もちろんこのまま書き続けてもいいのですが、協力隊になってから5年が経ち、ワーホリが終わって日本に帰国して半年くらい経つということもあり、それらのことを振り返ることが多く、このままだとここ数年の経験にしがみついて手放せない感じがどうしてもあって「過去の栄光」じゃないですけど、自分にとっては奇跡的な数年間でもあったので、そこにすがって次に進めないかなとも感じていたので。

嫌になったとか飽きたとかではないのでそこは安心してください。

それに、やっぱりブログを書くなら現在進行形で何かにチャレンジしながら書く方が説得力もあると思うし!

 
今までブログを書いてきた中で、自分がどういう気持ちで青年海外協力隊やスペインワーホリに挑戦したか、そしてボランティアでの野球チームのお手伝いをさせてもらったかを書けたと思っているし、それを今現在どういう気持ちで受け止めているかも書けたかなとも思っています。

その中でも一貫して自分が伝えたかったことは「こんな自分でもできたんだから、みなさんならもっと簡単にいろんなことに挑戦できる。そしてもっと凄い成果を残せる。だから少しでも何かに挑戦したい気持ちや憧れがあれば迷わずに一歩踏み出して欲しい」ということです。

なのでやってください!笑

もちろん自分がお手伝いできることがあれば、できる範囲で応えたいとも思っているのでDMでも何でも連絡してもらえれば嬉しいです。

次はみんなの番です!

自分も次の目標があるのでそれに向けて進んでいきますが、ひとまず自分が自分を通して数年かけて伝えたかったことのほとんどは達成できたかなと思ってます。

あとは直接会ってお話ししましょう!!!

 
このブログを始める時に、青年海外協力隊についてや海外の魅力とかオススメの場所、グルメ、ワーホリ申請の方法なども書きたいと思ったこともあるのですが、そういうことは自分よりはるかにうまく書ける人がたくさんいるし、その人たちの書いたものの方が間違いなく良いと思ったので自分はあんまり書きませんでした。

それよりも自分が書くからこそ意味があるようなことを書いた方が自分がブログをする意味があると思い、それを目的に設定しました。

なので「のぶが今までやってきたことのlog(記録)」をもじって「のぶろぐ」というブログタイトルをつけました。

そういう意味でも、このブログは学生時代や協力隊訓練生時代から自分のことを知っている人に特に見てもらいたいと思いながらやってました。どれほど自分が野球が上手くなく、何か秀でているものもなく、語学もダメダメだったかを知っていると思うので。もちろんワーホリや社会人時代を通じて自分と知り合って見てくれた方にも感謝しています。

 
カッコつけてこう書いてきましたが、自分がブログを書いたことで目に見えて何かが変わったとは思ってません。大したことやってきたとも思ってません。

でもブログを見てもらうことで「俺でもできそうじゃね?」「私も何とかなりそう」「あいつでも出来るならやってみようかな」ってほんの少しでも感じてくれる方が1人でもいれば自分がブログをやった意味はあったのかなと思います。

 


大学までの時間とここ5年の経験を通じて思うことは、10代や20代前半の環境、境遇や上手くいかなかったことで人生は決まらない。ただでさえ生きているだけで苦しいこと死にたくなること、特に日本だと理不尽なことがたくさんあるけど、そういうことが少ない場所が確かにあるし逃げられるなら逃げていい。そして一人ひとりのことを必要としてくれる場所が絶対ある。

だから理不尽なことから逃げていい。

自分に合う場所を探していい。

そして先天的に決まっていること、その時のその人の力でどうしようもないことで嘲笑われない環境を自分ができる範囲でつくっていくいくことができる。証明というか表現というかそういうことができるということ。

 
9割くらいうまくいかなかったけど、「協力隊に合格しました!」「淺沼さんがチームに来てから野球がすごく楽しくなりました。」「ワーホリ、留学に憧れてます!」という声やメッセージを受け取る度にここ数年自分がやってきたこと、目指してきたものは間違いではなかったのかな〜って思うようになりました。少しずつ誰かに伝わっていったのかなと感じるようになりました。

そういうある種「一歩踏み出す樹形図」「勇気の樹形図」の根元になれたのかなって思います。あとはそれをどんどんプラスの方向にこの樹形図を広げていってほしいな〜っても思ってます。余談ですが「伸茂」という自分の名前も、一本の木が伸びて少しずつ枝や葉が生い茂っていくようにという意味らしいので、まぁ自分らしいといえば自分らしいことができたのかなと。自己満でしたけどね!


でもこれからもそういう環境を作っていけるよう自分ができることをやっていくつもりです。

その結果、それぞれの人が何か行動した結果、真面目に頑張る人たちが報われ、その人たちを取り巻く物事が少しでもいい方向に向かうことが自分が1番叶えたいことなのかもしれません。

 
この5年間の答えが合っているかは分かりません。おそらく正解ではないでしょう。でも間違ってはないような気もします。途中の式もぐちゃぐちゃで答えまでの過程が訳わからない酷い回答欄だと思います。

でもこうして答えまで書ききれたのは紛れもなく関わってくれたみなさんのおかげです。本当に!

 
ずるいヤツが笑う世界。それでも少しずつでもいい方向に物事が向かっていきますように。


たった一滴の水がやがて大河に変わるように。

 
というわけで、みなさん。

今まで見てくれて本当にありがとうございました。

よろしくどうぞ。

 


淺沼伸茂

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