野球を始めた理由
最初は野球なんて興味がなかった。
小学四年生のころ、自分は64でスマブラやマリオパーティをしていれば何も不満はなかった。
そんなある日、クラスメイトの一人が自分にこう声をかけてくれた。
「ノブ!野球やらないか?」
声をかけてくれた彼は爽やかで、カッコよくて、足が速くて人気者。
学年に一人はいる何でもできる彼。
一方自分はぽっちゃりしていて頭も悪くて足も遅い。
お互い正反対の三拍子そろった子どもだった。
そんな自分とは対照的だった彼が自分にそう言ってくれた。
その何でもできてカッコいい彼とは元々仲が良かった。
いつも遊んだり家に泊まりに行ったりしていた。
彼が地域のスポ少で野球をしていることも知っていた。
そんな彼が自分にそう言ってくれた。
正直嬉しかったし舞い上がっていたのかもしれない。
野球に興味もなかったけど何でもできる彼と一緒に何かできることで、自分もそんな風になれるかもと思ったのかもしれない。
その日、学校から家に帰ってすぐに親に相談した。
親は野球をしたことないけどテレビで野球中継観たり野球盤を買ってきてくれたりと元々野球が好きな親だったので、すんなり自分が野球をすることを認めてくれた。
「ノブ、野球をやるのは問題ない。でも一つだけ約束しよう...」
そう言って翌週には練習に参加させてくれた。
グラウンドへ行くと何でもできる彼がいて、キャッチボールやトスバッティングのペアを組んでくれた。めちゃくちゃ嬉しかったし、めちゃくちゃ楽しかった。
それなのメニューが終わると彼は四年生ながらレギュラーチームの練習に混ざり、上級生と対等にプレーしていた。
それを見て素直にカッコいいと思ったのを今でも覚えている。
所属したチームは練習が朝練制で練習後に学校が始まる。
自分が野球を始めたことはあっという間にクラスに広まり、あこがれの彼に近づけた気がした。
次の日にグラウンドに行くと、彼の姿がない。
体調でも悪いのかな?と特に気にも留めなかった。
しかし練習後、コーチに「ノブ、彼実は昨日で野球やめちゃったんだ。バスケをやりたいんだって。」
練習後に急いで学校に行き、教室にいた彼に「コーチから聞いたよ、バスケやるんだってね!」と話しかけたら、
「ノブごめんな!でも俺はずっとバスケやりたかったんだ。今までは兄ちゃんが野球やってたから俺もやってたんだけど、今度はバスケを本気でやりたいんだ!」
と答えてくれた。
正直驚いたけど、全然怒りとかさみしさはなかった。
野球楽しかったし!
彼がいなくなっても自分は野球を続けたし、彼もどんどんバスケでいい成績を残していった。
最近会ってないけど、元気かな~。
今思えばあそこまで運動神経が悪い自分がよく野球続けたなと思う。
正直高校で野球をやめようと思ったけど、結局大学までプレーして、海外で野球の指導して、帰国後も地域のシニアチームで子ども達に野球を教えた。
そして今もスペインの地で野球に携わっている。
自分でもびっくりだけど、親が一番びっくりしていると思う。
練習がしんどかったり、結果が出なかったり、自分のせいで試合に負けたりして何回も野球やめようと思ったことあるけど、野球を始めるときに親とした約束がヘッポコでポンコツだった自分を支えてくれた。
「ノブ、野球やるのは問題ない。でも一つだけ約束しよう。絶対途中で投げ出すな。最後までやり抜くこと。」
多分親も覚えていないと思うし、当時の自分もこの約束の意味なんて分かってなかったと思うけど、結果的に今もこの約束を守れているのは確かなこと。
野球続けたおかげで、いろんな経験ができたし、たくさんの出逢いや別れ、自分の居場所、自分の無力さを知ることができた。
自分がワーホリで限られた時間のなかでスペインにいる今このタイミングでこのことを振り返ることは何となく大切なんじゃないかと思って記事にしてみました。
誰でもずっと大切にしていることやものがあって、その始まりやその時の気持ちを思い出すことはたまにはいいことなのではないでしょうか。
もちろんその時のものや気持ちが今と変わっていることもあるだろうし、正反対のものになっているかもしれません。
でもその時の気持ちがあったからこそ今があると思うし、未来にもつながっていくのではないかと思います。
自分の好きな言葉の一つに、「諦めると投げ出すことは違う。諦める日が来ても正しく諦められるように」というのがあります。
実際本当に自分は野球うまくないし、スペイン語も流ちょうに話せるわけでもない。イケメンでもないし、特別な能力があるわけでもない。
だけど続けることで後悔がなく生きてるなぁと思います。
ということで自分が野球を始めた理由は、
「憧れの友達に野球しようと誘われたから」
(でもそのあとすぐに友達はバスケをするため野球をやめてしまった)
でした!